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初出
「闇黒日記」平成十六年八月五日
公開
2005-05-23

きだみのる『道徳を否む者』

本書はきだの自傳的な小説である。鹿兒島で生れ、南洋・臺灣で育ち、東京で親類縁者と不和に陷り、フランス人紳士の下で青春期を送り、人格を作り上げた「山村愼一」の手記の形式を採る。

「山村」の述懷に據れば、彼は、日本的な生き方に反撥を覺える一方で、はじめに育つた鹿兒島の質實剛健で硬派に過ぎる風土に精神を支配された生き方をしてゐる。

フランス人の「彼」J・C氏はJoseph Cotte、「高等佛語」A…F…はアテネ・フランセである。

日本を愛するには、日本人的な生活をしない方が好いというのは殘念なことだよ。

あるとき少年は何かの話のとき答えた。

――それは嘘です。

すると彼は急に顏色を變えた。

――それなら私、嘘つきですか。

少年にはこの激怒の理由が解らなかつた。

――何故そんなに怒るのですか。

――それはあなたが私を侮辱したからです。私を嘘つきと云つて。

少年は當惑して云つた。

――それなら眞實でないときどう云つたらよいのですか。

――それは眞實でないだろうという方が好いね。

――それは私には同じことのように思われます。

――違います。嘘つきというのは侮辱です。眞實でないというのは侮辱でないね。

少年は表現の技術の問題に觸れたのだ。

何處までが小説で何處までが事實であるかは知らない。何箇所か、印象的な場面がある。